第一課

本間家・愛子の部屋

王子 k剰紙見κが轢l佐古田桑太郎。へΘ[、桑太郎君。ずいぶんふるめかしい、   奥ゆかしい名前ね、君って。
  〔手紙を読み始める〕
桑太郎の声 拝啓。雑誌「若い仲間」にて、同年輩のペンフレンドを求むとの、あ   なたの呼びかけを拝見いたしました。ぼくは、あの雑誌の熱心な読者というわけ   ではなく、たまたま、あの号を買っただけですが、あなたのことが、なぜか気に   かかっておりました。女性のくせに、趣味が将棋というのがたいへんおもしろく   思えたせいかもしれません。僕も将棋はやりますが、あなたが好きだというビー   トルズという音楽はまったく知りません。そこで、もし、趣味が合わなくては困   る、それと、あなたを理解するためにとも思い、きょうはビートルズのレコード   を買ってきたのです。
愛子 君って慎重なのね。
   〔再び読み始める〕

佐古田家・浩の部屋

桑太郎の声 ビートルズの音楽は、始めは騒々しいばかりだと思っていたが、きい   ているうちにずいぶん音にもメロディーにも変化があることがわかったのです。   そのうちに僕の体内に、摩訶不思議なる現象が起こってきたのであります。なん   ていうか、ふ(ん)わりと体がもち上がるようなうっとりとした気分。かと思う   と腹の下がすうっと寒くなるような、もの悲しい心持ちになってきました。僕は   今まで、音楽を聞いて、このような気分になったことはありません。これはいい   音楽であります。人の心を素直にさせてくれる愛に満ちた音楽であります。僕は   いっぺんにビートルズが好きになってきました。そこで、ビートルズを通じて、   僕たちはお互いに理解し合えると思い、この手紙をさしあげる次第であります。

佐古田家・浩の部屋
  〔睦子がドアを開ける〕
睦子 おじいちゃん、何して(い)るんですか。どうしたの、なぜ、こんな音楽なん   か。

公園
   〔手紙が続く〕
桑太郎の声 まずは、自己紹介から始めましょう。僕の名は佐古田桑太郎、年齢は   17歳、高校2年生であります。身長1メートル78。体重69キロ。趣味は旅   行。スポーツは万能。

タイトル・「わが美わしの友」

佐古田家・居間

桑太郎 だめだ、だめだ、(……)。いないって言いなさい。
睦子 だってえ、せっかく誘ってくださってるのに悪いじゃあありませんか。
桑太郎 (おれ)、あのばあさんの顔を見るのもいやなんだ(よ)。
睦子 でも、うちにいても退屈でしょう。んー、気晴らしに行ってらしたら。ね、お   じいちゃん。
桑太郎 おれ、なにも退屈しとらんもん。いないって言やあいいじゃないかあ。
睦子 いるって言ちゃったのよ。
桑太郎 まったく気がきかんな、お前さん(も)。〔縁側に立つ〕たった今、散歩に   出たってそう言いなさい。
睦子 だってえ……。
桑太郎 わしゃ、あのばさん、気色が悪いんだ(よ)。年寄のくせに変に色目使うん   だ(か)ら。
〔隣のあばあさんが入ってくる〕
おばあさん こんにちは。いいお天気ねえ。

佐古田家・ダイニング・キッチン

美佐子 フフフ、いい茶飲み友達がいるじゃない。
睦子 そうでもないんですよ、お姉さん。以前はね、誘われれば3回に1度はいっし   ょについて行ったんだけど、最近は全然、老人たちの集まりには興味を示さない   の。
美佐子 そう。年寄りらしくない老人てのも、めんどくさいわね……。いただきます。
睦子 でも、元気だから助かるわ。
美佐子 ようく食べるでしょ、父さん。昔からね、食い意地だけは張ってるんだから。
睦子 ほんとに感心するぐらいなんでもよく。
美佐子 でもに、寝込まれるよりはましよ。もううちの主人の両親で(もう)あたし、   こりごりしちゃった。あたしもね、あんなふうになるのかと思うとつくづくもう   生きていくのがいやんなっちゃうわよ。でもねえ、ここはまだいいわよ。うちみ   たいなね、団地暮らしじゃどうにもならないもの。
美佐子 まあね。睦子さんあたしと違ってやさしいから、おじいちゃんまだ幸せよ。
睦子 そうかしら。
美佐子 そうよ。

佐古田家・浩の部屋
〔桑太郎がステレオをかけている。浩がそれをとめる〕
桑太郎 おい、なぜとめんだよ。
浩 おれの部屋に勝手にはいるなよ、じいさん。
桑太郎 いいじゃねえか。わしだってステレオぐらい聞きたいもん。
浩 年寄りのくせにビートルズなんか聞くことないだろう。
桑太郎 お前だってなんだね、つまらん歌ばっかりならしおって。ふん、どうしてビ   ートルズの良さをわかろうとせんのだよ。
浩 いいからさ、あっち行ってなよ。
桑太郎 浩、(……)将棋やらんか。(なあにも)オートバイばっかり乗りまわしと   らんと、(少し)勉強しなよお前、うん。〔浩の英語の教科書を手にとる〕クラ   ウン・イングリッシュ・リー(ダー)。
浩 やめろよ。
桑太郎 ええ、わしゃまだ頭ぼけとらんか(ら)な。お前が習っとる英語ぐらい読め   んだから。ええ、マイ・アントーニア……バイ……。
浩 老いぼれ(は)、出て行けってんだよ。さあ、じゃまなんだから。

道路(夜)〔ライトをつけたオートバイの連隊が走っている〕

佐古田家・居間 
豪 おい、(……)寝るぞ。
睦子 あなたあ、浩ったら、まだ帰って来ないんですよ。……一度ちゃんと行ってく   ださいよ。勉強もしないで、何を考えてんだかさっぱりわかりゃしない。
桑太郎 親が甘いからだよ。
睦子 あら、おじいちゃん。
桑太郎 あんなもの買ってやるからいけねえんだよ(……)。
睦子 だって自分でアルバイトして頭金をこしらえちゃうんですもの。
豪 まあ、その話はあしたにしようや。もう疲れたよ。
睦子 あなた。あ、帰ってきた。ね、ちゃんと言ってください。きょうこそはちゃん   と。あたしが何を言ったって、ばかにして聞きやしないんだから。頼みましたよ。
豪 お(父さん)、まだ寝ないんですか。
桑太郎 近ごろね、学校教育ってなっちょらんからだ。ええ、だ(か)ら親がしっか   りせにゃいかんのだ、親が。
  〔浩がはいってくる〕
浩 へえ、どうしたの、みんな。こんな時間に何してんの。
睦子 浩ちゃん、お父さんがお話があるんだって。
浩 はあ……。ねえ、あしたにしようよ。ねっ。〔自分の部屋へ行こうとする〕
睦子 浩ちゃん。
豪 浩。(お前)ちょっと、まあここ来てすわれ。オートバイばっかし乗りまわして   ないで、勉強しろよ。
浩 はい。
豪 おい、今みたいなことばっかりやってるとな、社会へでてからきびしい生存競争   に勝ち残っていけないんだよ、え。
浩 はい。
豪 しっかりするんだ。
浩 もう、いい(……)行って寝ろ。

第二課
佐古田家・居間
睦子 〔郵便物を調べながら〕あら、おじいちゃんにもきてるわ。
桑太郎 ああわしに。(……)かしなさい。
   〔手紙を読み始める〕
愛子の声 あなたからの3度目のお手紙、うれしく拝見しました。あなたって本当   に文章が的確ね。それに、ボキャブラリーが豊富で、いつも感心しています。実   はあたし、きょうで2日間、ママと口をきいていないのです。お互いに意地の張   りっこをして口をきかないの。ちょっとした言い合いをしたんだけれど、それと   いうのも、あなたがくださった、このあいだの手紙が発火点になっているわけな   の。

本間家 
愛子の母 〔電話で〕まあ、そうですの。でもねえ、今おやめにならにほうが、え   え。あっ、あの、ちょっとごめんあ(そば)せ。〔ドアを開けに行く〕
   〔手紙が続く〕
愛子の声 うちのママは保険の外交員をしているのよ。
愛子 ただいま。
愛子の母 〔電話で〕奥様、あの、1年以内の解約は原則としてお断り申しあげて   ますの。会社のほうとしましても……〔電話がきれる〕もしもし、ああ、人をば   かにしやがって、こいじゃ元もとれやしない。
愛子 〔郵便物を見て〕ああ、きてる、きてる。
愛子の母 ああ、まーったく菓子折りまでもってったんだよ。それをったった3回   掛けて解約だってさあ。
愛子 ねえママ、きれいな字でしょ。
愛子の母 なあにさ、あの女、自分で亭主をだまして医者へ連れってたんだよ。死   んだらガッポリ取ろうって魂胆だったくせに。ああ……。
愛子 〔浩の写真を母に見せて〕ハハハ、ママ見てよ。
愛子の母 ううん、なあλAΤの述B
王子 ZンUレsドの佐古田君諤BαょγとΛわΔいηし蛯、。
愛子の母 愛子、あんた、この子と交際してんの。
愛述@Θえ、たΟさ手醇がΝた宕で、彼ξが賀番文赦烽キζきηA恕もΖまΛっス@ @ξよ。だΛら烽、不鎮楢誠藻は竄゚λしζA圃一鼠にΨぼ驍フ。
愛述の母@サうΚBΖうAηもνえ、一鼠にΨぼ驍ネてワだ早すΞやΨなΔB @ あ、あ、あたξ年ΥろΩゃΦAΒのΖAσろーくΒさーく昨鼓ΨたルうΜた゚@ @λな轤「。
愛述@広く濯くκんζAワるη自婦みスいΩゃκいξB
愛子の母 何言うのよ。
愛子 ママ、出かけるんでしょ。
愛子の母 あ、集金があんのよ、きょうでなきゃだめだってとこがさ。
愛子 ちょっとお化粧が濃いわね。
愛子の母 あら、そんなに濃くなんかしてないわよ。
愛子 バーのマダムふうね。
愛子の母 人、ばかにするんじゃないよ。
愛子 ママ。
愛子の母 いっつもそうなんだから。ちょっとばかし頭がいいかと思って、もう人   ばかにして。
   〔愛子の手紙が続く〕
愛子の声 そういうわけで、ママはあたしに口をきかなくなり、あたしも自分から   すすんでママのきげんをとるつもりはないんです。でも、こんなことはわが家で   は珍しいことではないの。だから心配しないでください。それよりもあたし、あ   なたと一度お会いしたいのです。そろそろ文通の範囲だけにこだわらない交際を   してみてもいいんじゃないかしら。よろしかったら、今度の日曜日にお伺いした   いと思っています。ご返事ください。

佐古田家・桑太郎の部屋 
睦子 おじいちゃん、お風呂おはいんなさいよお。お風呂よ、沸いてるから。
桑太郎 ん、ああ。

本間家
愛子 なぜ、人にきた手紙を勝手に開封なんかするの。あたし、今までママにうそ言   ったり、隠したりしたことがある。そういうのとてもいやなの。品性がいやらし   い人ってきらいなのよ。
愛子の母 ああ、そうかい。
愛子 本当に情けなくなるわ。
愛子の母 どうなんだい。で、今度の日曜日にデートすんの。
愛子 えっ。
愛子の母 あんたのほうから行きたいって言ったんでしょ。どうせ行くんでしょ。   別にとめやしないけどね。あんまりもの欲しそうなそぶりだけはするんじゃない   わよ。

喫茶店
ウエイター いらっしゃいませ。ご注文は。
愛子 オレンジジュース。
ウエイター はい。
桑太郎 あの、本間愛子さんでしょうかな。
愛子 えっ、ええ。
桑太郎 ああ、そう、わしゃ、あの、佐古田と申しますですが。
愛子 佐古田さん……。あの、桑太郎君の。
桑太郎 そう、そう、そ、その桑太郎の。
愛子 桑太郎君、どうなさったんですか。
桑太郎 えー、(あの、きょう)来られなくなったもんでね、わしゃ、断る(の)を   頼まれまして、そいで実は……。
愛子 あ、そうですか……。
桑太郎 あの、失礼して、いいでしょうかな。
愛子 あ、どうぞ。
   〔桑太郎、愛子の横に移る〕
桑太郎 (……ねえ)、せっかく来ていただいたのに、悪かったですな。
愛子 病気なんですか、桑太郎君。
桑太郎 ん、いやいやいや、たいしたことはないんじゃが、あの、オートバイに乗っ   ててね、ちょいと顔をけがしたもんで、あんたに恥ずかしくて合わせる顔がない   ちゅうんで……。
愛子 (まあ)、けがを。
桑太郎 ええ……。あ、ちょっと。
ウエイター お待ちどうさまでした。
桑太郎 (……ねえ)、せっかく来ていただいたのに。
愛子 しかたありませんわ。
桑太郎 あんた、ねえ、この、あんたとこの、ビートルズの話をしたがってましたで   すよ、あいつ。
愛子 ええ、そうですか。
桑太郎 うう。
愛子 彼、いつもビートルズ聞いてます。
桑太郎 おお、聞いてますよ、一生懸命へへ、もうねえ、あのビートルズのレコード が5枚もたまっとるですよ。
愛子 そう。
桑太郎 うう。ええと、最近買ったのは、あの、え、「ジュニワーズ・ファーム」
   ……。
愛子 「ジュニアズ・ファーム」。
桑太郎 そう、そう、そう、そ。
愛子 あれ買ったんですか。
桑太郎 ええ。でね、あっそう、あの、ポールが歌う「いとしいへレン」ちゅうの、   ね、あれいいですね。実にいいや、ありゃあ。へへ。いえね、(あの)、孫がね   、そう言うとったですよ。
愛子 そう、あたしもポールが好きよ。
桑太郎 いやあ、本当によく来てくだっすた。
愛子 桑太郎君に会いたかったけど……。
桑太郎 え、よく言っときますですよ。
愛子 ええ、でも、うらやましいわ。うちなんか、母と二人きりでしょう。何人もの   家族がいて、にぎやかに暮らしたいわ。そのほうが、人間の感情発達のためにも   、いいと思うわ。
桑太郎 ほう、あんたは本当にりこうな、すばらしいお嬢さんだ。きょう、会えた(   のは)本当によかった。
愛子 あたしもです。桑太郎君に伝えてくださいますか、今度の日曜日に、必ず会い   ましょうって。
桑太郎 今度の日曜日。いや、必ず。あの、あの、場所と時間はきょうとおんなじで   よろしいですかな。
愛子 ええ、そう言ってください。
桑太郎 そう。はいはい。〔愛子、伝票をとろうとする〕いやいや、ここはいい。こ   こはあたしにね、まかせておきなさい。
愛子 じゃ、ごちそうんなります。
桑太郎 ああ、いやいや。
愛子 おじいさん。《はい》桑太郎君によろしくね。
桑太郎 はいはい。じゃ、さよなら。

第三課
喫茶店 〔浩と仲間のオートバイが走っている。〕

道路(夜)
愛子 あら、おじいさん。
桑太郎 いやあ、先日は失礼したな。
愛子 桑太郎君は。
桑太郎 あのう、(……)孫はな、きょうもまた、来られなくなっちまったんだよ。   顔に大きなできものができてだめなんじゃって。
愛子 そう。
桑太郎 まあま、かけなさい。あんたにくれぐれも謝っといてくれって頼まれたんじ   ゃが、誠にあいすまん。
愛子 しかたないわね。
桑太郎 (……)ジュース。〔ウエイターに〕ジュース。
愛子 でも、できものくらいなら、来てくれればいいのに。
桑太郎 ええ、恥ずかしいんじゃろうて。また、わしとひとつ、無駄話でもしてって   くれんかね。
愛子 ええ、いいわ。

公園
愛子 そう、おじいさんて、警察署長さんだったの。
桑太郎 ああ、退職して18年にな(る)。悠々たるかな天上、遼々たるかな古今、   五尺の小?をもってこの大を測らんとす。ホレーショの哲学、終に何等のオーソ   リチーを値するものぞ。
愛子 ふうん、名文ね。
桑太郎 ふふん、こりゃな、「厳頭の感」ちゅうてな、藤村操という一高生が、日光   の華厳の滝で投身自殺したときの遺書なんじゃ。
愛子 ふうん、いつごろのこと。
桑太郎 (……)ありゃ、明治36年じゃったかな。わしゃ、まだ5つか6つのころ   でな。うん。万有の真相はただj一言にして?くす。曰く「不可解」。曰く「不   可解」。
愛子 おじいさんはその遺書が好きなの。
桑太郎 ああ、まあな。
愛子 その、「不可解」ってところ。
桑太郎 うん……。しかし、どこをとってもいいじゃないか、えっ。えー。え、その   生に未練がないっちゅうところが、一番いい。
愛子 おじいさんも自殺を考えたこと、あるの。
桑太郎 うん、ま、あるね。
愛子 どんなとき。
桑太郎 (……)そりゃ、いろいろとな。
愛子 あたし、このあいだ、ショーペンハウエルの「自殺論」を読んだの。人間、真   から生きようとすると、それが死につながっていくっていうのね。自殺は、時間   的空間的存在の否定であっても、意志の否定ではなく、肯定でさえあるのよ。
桑太郎 ううん。
愛子 ね、おじいさんの考えてる自殺ってどんなふうなの。
桑太郎 いや、わしもつまるところはおんなじだ(よ)。武士道とは死ぬこととみつ   けたり。ま、死ぬときは潔く死にたいと思っとる。それが、つまり、わしの生き   る意志なんじゃと思うがね。